下校ルートの途中に、次女を迎えに行くこと。
去年の10月くらいから始めた習慣だ。
コーチングセッションの予約が入っている時はいけない時もあるのだけれど、できる限り迎えに行くようにしている。キッカケは「お母ちゃん迎えに来てほしい」という娘のリクエストだった。
ちょうどその頃小1から通っていた学童を辞めた。
小学校上がってからはじめて、学校から自宅までの道を歩いて下校する日々がはじまった。
片道1,6キロ、小学生の足で30分から40分ほどの道のり。毎日下校時間から逆算して、あらかじめ決めている待ち合わせポイントに向かう。
待てども待てども下校してこない日(下校時間が遅れた日、友達と話していた日)
私が1時間間違えて出発した日
思っていたよりも早く、自宅まで一人で帰宅してきた日
私の体に鳥の糞が直撃した日
じっくり感じてみると、毎日には少しずつ違いがある。
とりわけ私にとって楽しいのが、一緒に下校する近所の友達と3人で「かばん持ち大会」をすること。
「miwaちゃーーーん」
「おかえりーーー」
私の姿が見えると、二人の歩みは止まる。
少しでも長くかばん持ちゲームがしたいからだ。(それだけランドセルは重いし、下校距離もある)
「じゃーーんけんぽいっ」
「かったー!!」
「まけたーーー!!」
負けた人が二つのランドセルを背負う。
「次はあの電柱までな」
「じゃーーんけんぽいっ」
「また負けたーー!!」
2度目も私が負けた。引き続き私が持つ。
娘と友人は「ニシシシ」と笑う。
脳内にいつまでも残ってほしいと願う可愛らしい笑顔。
ある時には、娘と二人で田植えが終わったばかりの田んぼの縁で動物の足跡を見つけた。
「この足跡なんだろう?」
「鳥かな?」
「キツネかな?」
「いや、キツネじゃないやろう」
何の足跡だったのかわからないままに娘と交わした他愛のないやりとりに胸の奥がツンとした。今もあの日の何者かわからない足跡が脳裏に浮かぶ。
一緒の時間を過ごせることがこんなに自分を喜ばせることだったとは気づかなかった。
働くことでしか私には価値がない。
働いて働いて、頑張っている背中を見せる事こそが、親として子供にできることなんだと信じて疑わなかった過去の自分に、会いに行きたい。
今の時間を楽しんでいいんだよって。
でもあの時代があったからこそ、自分自身で気づけたことだったから、きっと未来の私がそういっても、「そうはいっても私は今働きたいの!」ということを聞かなかっただろうなって思う。
その時の気持ちを大事にしていったらいいんだと思う。もう十分にみんな頑張っているのだから。


